2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

原田君事と映画『八甲田山』 (10)

1ヵ月に及んだ青森ロケが終了し、次の撮影は1ヵ月後の新潟ロケです。 新潟へ出発するまでの間、久しぶりに東京へ戻って家族と再会しました。 女房殿に青森でのロケ撮影の話しをしたところ、ロケ先から私が死を覚悟して電話したことがやはり気になっていた…

原田君事と映画『八甲田山』 (9)

さあ、2カット目です。 毛布のまま雪上車を降りて、撮影現場で助監督さんに毛布を手渡すと巨大扇風機に直撃されて、いきなり体感温度は零下30度にも感じます。もう寒いというようなレベルではありません。 一瞬にして肌は赤黒くなり、ヒリヒリと痛いのです。…

原田君事と映画『八甲田山』 (8)

裸になって死ぬシ-ン撮影の当日です。 午前中は撮影台本のト書きにある「落伍は輸送隊から始まっていたが、」のシ-ンで雪の中を朦朧とした意識で歩き、行軍から除々に遅れていく隊員のカットを撮りました。 撮影は続いていましたが私だけ撮影現場を抜けて…

原田君事と映画『八甲田山』 (7)

とてつもなく寒いのに服を脱いで裸になるなんて不思議な気がしますが、調べてみるとこの異常行動は「矛盾脱衣」という現象で、実際に寒冷地で遭難して凍死した死体の中に裸で見つかる例があるそうです。 体温低下を阻止しようと体内の温度を上げようとする人…

原田君事と映画『八甲田山』 (6)

シーン80 八甲田―鳴沢 (橋本忍先生の脚本より) 大隊本部の雪濠。 ここは炊事班兼用で大きな平鍋が炭火の上に据えつけられて飯を炊いているが、炭火の熱で周囲の雪が溶けて釜が傾き、炊事係も大苦労だ。 雪濠の上から声。「第四小隊でありますが、飯上げは…

原田君事と映画『八甲田山』 (5)

青森歩兵第五連隊は210名の大部隊と云う設定なんで、東京から来た若手の役者だけでなく現地の人々にエキストラとして参加してもらうことになっていました。 雪中行軍隊の後方、特に雪ぞりの輸送隊はほとんどエキストラです。 新聞広告で募集した1月の青森は…

原田君事と映画『八甲田山』 (4)

1月4日から撮影スタ-ト。 早朝6時には起こされて、準備して7時30分には出発です。 撮影内容でスケジュ-ルは変わりますが、夕方4時頃に酸ヶ湯温泉の旅館に戻って夕食後、夜間撮影がある日は、それから出掛けていくことになります。 昼間の撮影で零下15度以…

原田君事と映画『八甲田山』 (3)

映画『八甲田山』は明治期の日本陸軍の物語です。 明治期の男の髪形の件では、演出家の柳永二郎先生に怒られた舞台『湯島の白梅』のことが咄嗟に私の頭をよぎりました。 さむらいプロに入った当初、中丸忠雄さんの付き人をやっていたときに出演した名古屋の…

原田君事と映画『八甲田山』 (2)

神戸生まれの神戸育ち、こんな大雪を目の前で見たのは初めてでした。 荷物を集合場所の公民館に降ろし、早めの昼食後、他の役者たちと共に雪道歩行に慣れるため雪中行軍遭難記念像まで行きましたが、こんなに凄い雪道を歩いたのは生まれて初めてです。 天気…

原田君事と映画『八甲田山』 (1)

日露戦争を前にした1902年(明治35年)に起こった日本陸軍青森歩兵第五連隊の八甲田山雪中行軍遭難事件を題材にした映画で、足掛け3年の制作期間をかけて完成した大作です。 映画『八甲田山』の企画は、1974年に公開された松竹と橋本プロの提携作品である映…

<元役者 原田君事 今も、しぶとく生きてます>

映画『八甲田山』(橋本プロ・東宝映画・シナノ企画)を観たことがありますか? 明治に起きた日本陸軍の八甲田雪中行軍遭難事件を題材にした高倉健さん主演の映画で1977年公開の邦画興行成績第一位。 厳冬期の八甲田の雪中行軍で、生還の可能性を見出せずに…