原田君事と映画『八甲田山』 (7)

とてつもなく寒いのに服を脱いで裸になるなんて不思議な気がしますが、調べてみるとこの異常行動は「矛盾脱衣」という現象で、実際に寒冷地で遭難して凍死した死体の中に裸で見つかる例があるそうです。

体温低下を阻止しようと体内の温度を上げようとする人間の身体に備わった機能によって、体内の温度と外気の体感温度との間に温度差が生じてしまい、まるで暑い場所にいるかのような錯覚に捉われて服を脱いでしまうらしいです。

 私の撮影の日が近づくにつれて、撮影隊の中で極寒で裸になるシ-ンを撮ることが話題になっていたんですが、事故防止のために撮影隊に同行していた地元の山岳会の人だと思うのですが、この話を聞いたらしく、私の処へ来て「どちらの出身ですか?」と訊ねます。

「神戸です」

 「こんな寒さ、神戸では経験したことないでしょう」

「そうですね」

「止めた方がいいんじゃないですか?命の保障はできませんよ」

「本人がいいと言ってるんだからいいんじゃないですか。ほっといてください」

せっかく心配してくださっている方に失礼な物言いをしてしまいましたが、こちらとしても雪中行軍隊でどこに映っているのか判らない役から飛躍できるチャンスなんで必死です。

私は神奈川県の川崎市にある昭和冷蔵という倉庫で人足のアルバイトをした経験があって、そのせいで、裸で狂い死ぬ隊員の役ができる気がしていました。

冷凍倉庫で零下40度の世界は体験済みなんですが、もちろんそのときは上から下まで完全防寒で下着も靴下も二重に履いていました。

しかし今回はふんどし一丁のほぼ全裸です。

粋がってはいても、一応、女房殿に連絡を入れて遺言のひとつも残しておかないと無責任だと思われるかもしれないんで、撮影の前日「ひょっとしたら明日、撮影で死ぬかもしれないんで、治(息子)が大きくなったら、お前の親父はおっちょこちょいで、撮影中に死んだと話してくれ」と電話を入れました。

本当に死んだら家族の悲しみはもちろんですが、映画の制作が中止になることにもなり兼ねない事態です。                

馬鹿が売り物の原田君事としては、そんなことは考えもしませんでした。