原田君事と映画『八甲田山』 (4)

1月4日から撮影スタ-ト。

早朝6時には起こされて、準備して7時30分には出発です。

撮影内容でスケジュ-ルは変わりますが、夕方4時頃に酸ヶ湯温泉の旅館に戻って夕食後、夜間撮影がある日は、それから出掛けていくことになります。

昼間の撮影で零下15度以下。

夜間の撮影では20度以下にもなります。

そこに強風が吹きつけると体感温度はもっと下がる訳です。

青森第五連隊の雪中行軍シ-ンは天候と撮影場所を変えながら何度も撮りました。                           最初の頃はロングカットの撮影ばかりで、広大な八甲田の雪景色の中に人間の列が小さく動いていくのを撮っています。

凍えるような吹雪の中、どうせどこに映っているのかも判らないんだからとヤケクソな気持ちで歩いています。

しかし役者というのは単純なもんで、雪中行軍隊の近くに撮影カメラが設置されると途端に元気を取り戻して、寒さも忘れて少しでもいい顔で映ってやろうとするもんなんです。

撮影の大半が天候との勝負で、吹雪のシ-ンであれば天候が荒れてくるのをその場でずっと待っていることになります。

立ったまま半日くらい待機ということが結構ありました。

ウロウロ歩き廻って、雪中行軍隊の周囲の雪面に余計な足跡をつけることは絶対できないので、その場で足踏みするくらいがせいぜいです。

寒さに耐えられなくなると「もうギャラなんて要らないから東京へ帰りたい」と何度も思いましたが、前払いで貰ってたんでそれもできません。

軍手は二重にはめていたんですが、あまりの寒さにかじかむというよりは痛くなってしまって、指が曲がらなくなります。

昼食は握り飯と豚汁が多かったんですが、指がかじかんで箸が使えなくても、握り飯なら手の平に置いてかぶりつけるからという配慮がありました。

豚汁も熱々の湧きたてを貰うんですが、15メ-トルくらい離れた食べる場所へ移動したときには、もう冷めています。

 飯の楽しみもなく、楽しみと云ったら宿泊先の酸ヶ湯温泉の湯治場で風呂へ浸かることと撮影仲間と一杯やるやることくらいでしょうか。

初めのうちは男同士でワイワイやっているのが楽しかったんですが、やがて話題もなくなりストレスが溜まってくると愚痴をこぼすようになり、仕舞いにはあちこちで喧嘩です。

 体力があるうちはまだ平気なんですが、それが段段つらくなってきたとき、寒さに耐え兼ねたのか、役者がひとり東京へ逃げて帰ってしまいました。

撮影現場へ行くと「なんか、誰か逃げて帰っちゃたらしいぞ」と噂になっていたんで知ったのですが、たぶん、東京へ戻って所属事務所で散々怒られたんでしょう。                    1週間くらいしたら舞い戻ってきました。